ここ数日、同郷の人と話す機会があった。転職でも、何度か地元企業を狙ってみたものの、結局東京となってしまった。
愛知県人は、プライドとコンプレックスの塊で、かつ、県内四天王と呼ばれる進学高校出身の連中とランデブーすると、もう、価値観などがニアイコールになる。それは、同世代以外でも、役員クラスのオジサマ方にもそれは然りだ。
さらに、私の旧友Aと同じ大学かつ研究室が隣、即ち、奴の生態をも共有しているのだ。
「味噌汁は赤だし」とか、
「山ちゃん」は人の名前ではなく店の名前、
野球では自然と中日ドラゴンズネタがでて、
そして、名古屋弁が出る。
さらに、父の論文を卒研で参考文献として用いる荒業をし、祖父母が岐阜で、各務原に生まれ育ち、こいつ、小学生の時、どこかですれ違ったに違いない☆
同じ東京進出8年目として、おなじインスピレーションを感じた。
高津駅にTSUTAYAができるくらい嬉しかった。
東京に長くいると、故郷が恋しくなる。だからこそ、同じ郷里である人と話すと、心が洗われた気分になるのだ。
大昔の恋人が、「同じ郷里の人は違う」といった理由がわかった気がした。